ロービジョンケア

21世紀の現在も、いまだに視機能回復が困難な状態が存在します。
将来的にはすべての視機能障害を治療可能にすべく世界中で活発に研究が行われていますが、 治療可能になるまで不自由を感じている方をそのままにしているわけにはいきません。
最近ようやく眼科領域のリハビリテーションとしてロービジョンケア(サービス)が、各地で活発になりつつあります。

ロービジョンケア

見えにくくて不都合を感じている方に見えやすい方法を提供することで日常生活の不都合を軽減する手伝いをすること。
例えば、このような視力補助具を使用することでこれまで見えにくかったものが見やすくなります。

手持ちルーペ(ライト付)
新聞を読んでいるところ
拡大読書器
白黒反転して預金通帳を見ているところ

また、便利なグッズを使用したり、工夫をすることでも日常生活が楽になります。
下図のようにシャンプーにのみ突起がついていることで、リンスと区別ができます。
もう見えない、読めないと諦めていませんか?補助具や工夫でまだまだ見える可能性があります。

第2回福島臨床眼科講演会 ロービジョンケア:「重要性・必要性」と「実践するために」

第2回福島臨床眼科講演会

これからのロービジョンケア

Ⅰ 地域医療の最前線で今後新たに必要になると予想されること

医療の専門分化や高度化に伴い、僻地・郡部だけではなく、都市部でも医師不足が深刻になってきています。
このため、大学病院の医師などは毎日の業務で非常に忙しくしています。
例えば、iPS細胞(人工多能性幹細胞)(※1)を用いた治療が開始されると、 国内だけでなく世界中から非常に多くの患者さんが最先端の医療を求めて集まってくる(医療ツーリズム)ことも予想されます。
このようになった場合、理化学研究所や先端医療センターなどの限られた機関だけで対応することは不可能だと思いますので、 将来は全国の大学病院など高度医療を担う先進・専門機関もiPS細胞を用いた治療を行うようになるだろうと想像しています。 しかし、現在でも日常業務が非常に多忙でパンクしそうな状態ですので、 必要な検査だけでなく、インフォームド・コンセント(※2)までもが可能なのだろうかと考えると、かなりの無理があることが懸念されるのです。 このような現状からも、iPS細胞を用いた実際の治療ではなく、その周辺の業務に私たち地域の開業医でもお手伝いできる仕事があるだろうと考えています。
※1 iPS細胞:生物を構成するすべての細胞に変化することができる能力は受精卵やES細胞(胚性幹細胞)などごく一部の細胞だけに見られる能力でしたが、 iPS細胞の開発によって、受精卵やES細胞を使用せずに万能細胞を得ることができるようになりました。
万能細胞は理論上、体を構成するすべての組織や臓器になることができるので、患者さん自身の細胞からiPS細胞をつくることができれば、 拒絶反応の無い移植用の組織や臓器の作製することができるのです。 iPS細胞では、ヒトES細胞の使用において最大のネックであった倫理上の問題がなくなることから世界中の注目が集まっています。 また、再生医療への応用だけでなく、採取が困難だった組織の細胞も作成することが可能なので、難病の発症メカニズムを研究することも可能です。 さらに、患者さん自身の細胞で薬の効果や毒性を評価することが可能となるなど、今までにない全く新しい医学分野を開拓する可能性をも秘めています。
※2 インフォームド・コンセント:治療に先立ち、実施される治療法の目的や内容、メリットとデメリット、 他の治療法との比較などについても詳しく説明し、十分な理解ができた本人の自由意思によって治療実施の決断がなされること。

Ⅱ 世界最先端の医療:iPS細胞の臨床応用

京都大学の山中伸弥教授がiPS細胞の開発でノーベル医学生理学賞を受賞した快挙は記憶に新しいところです。
今後、この「iPS細胞の作製技術」が、再生医療への応用や病気の原因の解明、創薬(新しい薬を開発すること)などを通して、 これまでは有効な治療法がなかった病気に対する治療法開発に大きな貢献をすることは間違いありません。
実は「世界で初めてのiPS細胞の臨床応用」は眼の病気に対する治療で、2013年にも第1例が我が国で行われる予定です。
理化学研究所、先端医療センター(神戸)の高橋政代先生は、加齢黄斑変性に対する「臨床研究」を実施する予定で、 数年以内には網膜色素変性に対する臨床研究も行う計画だそうです。
加齢黄斑変性に対する治療では、患者さん自身の皮膚細胞からiPS細胞を作製し、 そのiPS細胞を色素上皮に誘導した上で、痛んだ色素上皮と交換するそうです。 また、網膜色素変性では同様に皮膚細胞から作成したiPS細胞を視細胞や網膜に誘導して治療に用いるそうです。 こちらもサルではすでに網膜を誘導することに成功しているそうです。
現時点では「iPS細胞を応用した治療は我が国が世界で一番進んでいる」と思います。
そして、今後も最先端の眼科医療の中で、特にiPS細胞を応用した治療は世界の最先端を進んでいくことが期待されます。
世界で一番進んだ医療を行うことは、患者さんにとって大きな福音になるだけでなく、 今後我が国が外貨を稼ぐ有力な産業になる可能性があるということです。
今後「iPS細胞を応用した治療」を目的に多くの外国人が我が国を訪れる医療ツーリズムも十分にありうると、筆者は考えています。

Ⅲ「最先端医療の対象になるかどうかを判断する」ことが第一歩

iPS細胞の応用に限らず、人工網膜や遺伝子治療など最先端の医療を求めている患者さんは国内だけでも数多くいらっしゃいますので、 前述のように多くの患者さんに対する対応の全てを、大学病院などの先進・専門機関だけで行うことは不可能だと思われます。
対応の第一段階は、「眼が見えない、見えにくい」と訴えている個々の患者さんが最先端医療の対象になるのかどうかの判断です。 この時点から先進・専門機関に丸投げ状態では、先進・専門機関に最先端医療の対象にならない患者さんが増えすぎて、必要な業務が行えなくなってしまいます。
第二段階(治療対象になる場合)は、どのような治療を行うことになるのか、治療の限界やリスク、 様々な質問や不安に対する説明(基本的なインフォームド・コンセント)を行うことであり、このように実際に治療を行う前にも必要なことがたくさんあるのです。
対象になるかどうかの判断などでは、私たち地域の開業医にも果たすべき役割があるのです。 つまり、最前線である地域の開業医のところで「最先端医療の対象になるかどうかの判断」を行い、対象になる場合は基本的な説明を行い、 質問・不安にできるだけ答えた上で、専門機関にお願いするシステムが必要になるだろうと、筆者は思っています。 (厳密なインフォームド・コンセントは実際に治療を行う先進・専門機関であらためて行います。)

Ⅳ 最先端の眼科医療の限界

現在はまだ有効な治療法がない眼疾患による視覚障害を改善・克服しようとしている最先端の眼科医療(近未来に臨床応用が期待されているもの)には、 iPS細胞の応用のほかにも人工網膜や遺伝子治療など様々なものがあります。 これらが実現されるようになったとしても、(残念ながら)少なくとも当分の間は正常の視機能が得られるわけではないでしょう。 将来的にはより良好な視機能への回復が可能になるかもしれませんが、当分の間は例えてみると、
「これまでは進行を防ぐことができなかった病状の進行を止めることができるようになる」「かろうじて光がわかっていた状態がものの輪郭がわかるようになる」 「0.01だった視力が0.04になる」くらいの治療効果であろうということです。 この部分だけを読むとわずかな進歩に過ぎないと感じるかもしれませんが、これらは非常に大きな進歩であり、さらなる進歩につながるものです。
したがって、現時点で最先端の眼科医療の目的は「ロービジョンケア(※3)とのセットで視覚を有効に使えるようにすること」であると思います。

※3
ロービジョンケア:ロービジョン(者)に対して行われるケア、リハビリテーションの事。各種眼鏡や拡大鏡(ルーペ)、 拡大読書器などを処方することだけでなく、日常生活訓練や教育支援、 福祉サービスの活用などロービジョン者のQOL(Quality of life:生活の質)を向上させる支援全般のこと。

Ⅴ 最先端医療の普及によって今まで以上にロービジョンケアの需要が増大する

最先端の医療によっても、当分の間は正常な視機能に戻せるわけではありませんが、失明は避けられるようになるでしょう。
視覚から入る情報は情報全体の約8割と言われていますので、正常ではなくてもある程度見える状態であれば、 その「残存視機能を使って情報を得ることができるようになる」のです。ただし、ロービジョンケアによって残っている視機能を使えるようにすることが欠かせません。 最先端の医療だけでQOLの向上が得られるのは限定的かもしれませんが、最先端の医療に有効なロービジョンケアを加えることで、 QOLの大きな向上が得られるだろうということです。
つまり、理化学研究所、先端医療センター、大学病院などの先進・専門機関での最先端の医療の後にも、 最前線で日常診療を担っている私たち地域の開業医の役割があるのです。
眼鏡や拡大鏡(ルーペ)、拡大読書器などで見えやすくなるのであれば、最先端医療の前でも後でも、 それらを個々の患者さんに合わせて使えるように訓練します。 まぶしさが見え方の邪魔をする場合は遮光眼鏡を処方します。このような光学的なロービジョンケアは、 視覚障害者のリハビリテーション・ロービジョンケアに熱心な眼科医療機関で受けることができます。

Ⅵ 多職種が連携して支援することが必要(スマートサイト)

実は、視覚障害者のQOLを十分に向上させるには、光学的なサポートだけでは不十分なことが多いのです。 買い物や料理などの普通の日常生活を取り戻すためには、生活訓練や福祉サービスの利用などが必要になることが多いのですが、 ほとんどの眼科医療機関は生活訓練や福祉サービスまでは対応できません。
そこで、福祉や教育など他の分野の専門家との連携が必要なのです。
最近は我が国でも、多職種が連携してロービジョンケアを行う取り組み(スマートサイト)を行っている地域が増えてきました。 iPS細胞の臨床応用がスターする・しないに関わらず、このような取り組みの質を向上させると同時に全国的に普及させていく必要があります。 実は、東日本震災後は平常時には目立たない制度の不備が目立ちました。 例えば、震災直後に日本盲人福祉委員会の大震災対策本部が「音声時計というものを知っていたかどうか」について調査したところ、「初めて知った」が43%、 「申請したことがない」が6割などであり、当事者に届いているはずの情報が届いていないという実態が明らかになったのです。 このように必要な情報が当事者に届いていない状況もスマートサイトを介した多職種の連携が機能すれば改善することが期待できます。