東日本大震災の被災者


佐渡一成 1)2)
吉野由美子 2)4)
原田敦史 2)3)4)
加藤俊和 2)4)
1) さど眼科
2) 視覚障害リハビリテーション協会
3) 日本盲導犬協会
4) 日本盲人福祉委員会

Ⅰ 目的

東日本大震災の被災地の状況を報告し、今後の準備について考察した結果を示す。

Ⅱ 経緯

概要

3月11日発生した東日本大震災 巨大地震とその後の大津波によって、広い範囲に甚大な被害がでた。死者・行方不明者約2万人。 多くの人が津波で、家族も家も車も流されたURL1)2)。震災直後、情報は最も必要なものの一つであった1)

晴眼者

普段は眼鏡やコンタクトレンズ(CL)で矯正している晴眼者(被災者)の多くが、津波で、眼鏡もコンタクトレンズも流されたために、震災直後は突然ロービジョン状態になった。
我々は3月23日からワンデータイプのソフトCLを1人に1か月分無償で配布する支援を開始2)し、有効な支援になった3)。5月末の配布終了までに12570箱を配布した4)
眼鏡の無償配布は4月3日から開始したが、(支援開始時期の遅れ、乱視矯正可能な眼鏡は準備できなかった など)いくつかの理由で限定的な支援となった4)
津波で治療用点眼液を流された患者も多かったため、被災地では点眼液も不足した。震災直後は、緑内障など慢性疾患治療用の点眼液よりも(大量の瓦礫が原因の)アレルギー性結膜炎などの点眼液の必要度が高かった。

視覚障害者

日本盲人福祉委員会は、視覚障害者の名簿を入手し、障害者個々の安否確認後、情報支援や物資の提供、入浴支援などを行ったURL3)

Ⅲ 考察:視覚障害者関連で浮かび上がった問題点と今後の準備

1) 今回、浮かび上がった問題点

a) 当事者にとっての問題

① 移動:地震の揺れが収まっても、屋内は、倒れた家具・ガラスの破片で動けなかった。道路(図1)もブロック塀などの損壊などで一変していたため、弱視者・白杖歩行者も歩けなかったURL4)。

図1
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② 情報:情報の中心はテレビであった。災害放送の地域情報は画面周辺の字幕(テロップ)が多く、音声がなかった!URL4)

③ 避難所 (図2):視覚障害者には事実上支援がなかった。避難所での情報は貼り紙が多かった。このため、視覚障害者は貼られたことすら分からなかった。貼られたことがわからないので、「読んでください」とも頼めなかった。弁当などの支給時に、列の後ろに並ぶことは視覚障害者には大変な行動であった。段ボールでのプライバシーの仕切りは必要であった。しかし、視覚障害者にとっては相手が寝ているかどうかわかりにくくなったために依頼しにくくなった。一方で、視覚障害者であることを知られたくない中途視覚障害者が非常に多かったURL4)

図2
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④ 避難所で最大の問題はトイレ(図3)であった:通常必要なのは、トイレまでの手引きである。しかし、震災後、彼らは突然 家族以外の人たちと避難所で生活することになった。本人も周囲の人も慣れていない避難所でのトイレでは、トイレの中がもっとも大変であった!段差があるかもしれない、便器の形が分からない。電気も水道も(ライフラインが)麻痺したために、多くの避難所のトイレでは水が流せなかった。このため、彼らは便を流すことができなくなった。彼らはバケツの水を柄杓ですくい、周囲を汚さずに流さなければならなかった。さらに困難だったのは、紙と便を分けて別々にポリ袋に入れて捨てる必要がある場合も少なくなかったことである。便の処理が非常に煩雑になったために、場合によっては他人に処理を頼まざるをえなかった。これは人間の尊厳に関わる困難であったURL4)


図3
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b) 支援者にとっての問題

⑤ 視覚障害者の探索:車での移動も困難な中、 広範囲な被災地(500km以上にもおよぶ)に点在する避難所を巡るだけでは、視覚障害者を見いだすことすら困難であったURL4)

⑥ 安全確認:視覚障害者の安全確認は名簿のない当事者が多かったために困難であった。震災直後、日本盲人福祉委員会は、視覚障害者の名簿を入手したが、入手できたのは身体障害者手帳総数の10数%にすぎず、8割以上の人たちについては何の情報もなかった(名簿の問題)URL4)

⑦ 個人情報保護法も名簿入手の妨げになった。(個人情報保護の問題)

⑧ 情報を届けること:震災後、音声時計や拡大読書器など視覚障害者にとって重要な情報が多くの当事者に届いていなかったことがわかった。宮城県では、我々が支援した視覚障害者の43%が音声時計を知らず、56%は拡大読書器を知らない、あるいは使ったことはないと答えたURL4)

2) 今後の準備

a) 被災当事者のために


① 大災害の直後は、だれかが手を引っ張らないと逃げられない!避難するためには、「近くの人」に手引きしてもらうことが必須であるURL4)

② 災害放送に音声は必須:視覚障害者には「ラジオの供給」が必要であり、地域のミニFMなどの情報も重要であるURL4)

③ 視覚障害者の情報支援は、大災害の際には直後から必要になる。地域のボランティアが話し相手も兼ねて、訪れる支援が必要である。(点訳・音訳指導員などが必要なのではない。)URL4)
手助けしてもらうためには、視覚障害者であることを周囲に知らせることが必要であり、その表明ができる人にとっては、視覚障害者用防災ベスト(図4)や白杖なども有効である。

図4
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④ トイレの中の状況は変わっていることがあるので、トイレまで誘導した支援者は、トイレの中の状況を毎回伝える必要がある(伝えるポイント:紙やバケツ、柄杓の位置など)。災害が起きる前から、視覚障害者が優先的に入所できる福祉避難所を整備しておくことが望ましい。

b) より早く有効な支援を行うために

⑤ ⑥ 視覚障害者は役場への登録しておくべきである。視覚障害者は近所の人に、災害時には手助けが必要なことを知らせておくべきである。

⑦ 個人情報保護法は災害時の例外規定を準備するべきである。

⑤⑥⑧ 緊急時には役場(福祉課)で把握している身障者(登録者)全員に一斉発信のメールが届く携帯メールサービスなどが有効だと思われた。災害時だけでなく普段から視覚障害者に情報を伝える仕組みが必要である。平常時も、役所から登録している視覚障害者全員の携帯電話に届くメールサービスは有効であり、普段から様々な情報をメールで届けておくことは災害時の訓練にもなる。

3) 助かった人と助からなかった人を分けた共通の要因

聞き取り調査の結果、助かった人と助からなかった人を分けた要因がわかった。その要因は運の良し悪しではない。第1の要因は、いざという時「大丈夫か」の声かけがあったかどうか。第2は近くに助けてくれる人がいたかどうかであった。

Ⅳ 結論:

1)大災害の際は、晴眼者にも視覚障害者にも情報が重要である。
2)視覚障害者への情報支援は、災害発生直後 瞬間的に必要になる。
3)より効率的な支援を行うためには、(我々は)普段から様々な準備をしておく必要がある5)6)

文献
1)佐渡一成:仙台市内でも被害の軽微だった眼科診療所での経験から(その1).日コレ誌53東日本大震災特集:291-301,2011
2)佐渡一成:仙台市内でも被害の軽微だった眼科診療所での経験から-その2)コンタクトレンズ関連をまとめて-.日コレ誌53東日本大震災特集:320-330,2011
3)佐渡一成、涌澤亮介、加藤圭一:東日本大震災被災者支援無償コンタクトレンズ:配布時の問診票とアンケートの解析結果. 日コレ誌55:189-194,2013
4)加藤圭一、陳進志:失ったコンタクトレンズへの対応とメガネ支援.日コレ誌53東日本大震災特集:310-319,2011
5)佐渡一成:想定外の非常事態に備えるために必要なこと-東日本大震災で痛感したスピードと情報、決断することの重要性-.月刊保団連1108 :43-46,2012
6)佐渡一成:大震災の経験から:重要なのは「情報とスピード」、必要なのは「迅速・臨機応変な対応」.順天堂医事雑誌59(2):202-203,2013

参考URL
URL1) 東日本大震災
URL2) 東日本大震災 衝撃画像まとめ
URL3) 【日本盲導犬協会より】仙台訓練センターは「東日本大震災視覚障害者支援対策本部」の広域本部として支援活動中
URL4) 東日本大震災関連ページ-社会福祉法人日本盲人福祉委員会

図1 地震・津波後の屋外の様子(釜石市)
図2 避難所
図3 避難所のトイレ
図4 視覚障害者用防災ベスト